真三國志曹操編−16−



2008年09月14日(Sun)
真三國志曹操編−16−
 そんな色目を使う人達を軽くあしらいながら曹萌はケ太后の提案を差し「どうする」と父親の顔で問いかける。
 曹騰は笑みを見せながら応える。その笑みには苦笑いが含まれている。
 「どうするも何も、皇太子があれほど誠意を込めて召し上げると言われたのです。それを断ったとなれば彼の顔をつぶすことになる。
 万が一彼が皇帝になれば、そこまで彼の顔をつぶしてただで済むことはないでしょう。是非もなきことです。
 それに……」
 どこもかしこも名声や、地位、金などに興味がある人間ばかりでろくな人間が居ないことは確かである。
 そういう事情がなくても、そんな人間だけが集まる場所で誰も信じられない、信じるに値しない所へ、皇太子を一人置き去りにして、このまま皇帝に廃されあるいは殺されることが
 (気の毒なこと)
 だと思えるのである。

 それとは別に曹騰の中にある新しい欲望が生まれていた。
 曹騰が鄭衆のようにと言うのであるのなら、その逆もある。
 (私の力で皇太子を、私の理想の君主にして、将軍や民衆、近隣諸国を従わせられたら)
 彼自身の手で彼が鄭衆のようになれば、彼の力で皇太子を和帝のような偉大な皇帝をにして漢朝の歴史を変えることが出来ると思えたのである。

 まもなく曹騰はケ太后の命の通り皇太子付けの宦官となった。
 彼は皇太子の学友として一緒に学問を習ったが、それ以外の時間も彼に従い常に彼の許にあった。当然衣装からいろんな手配に始まり身の回りのことを彼自身が行ったわけであるし、特に学問においては特に才能があり、一緒に同じ先生に指導を受け、皇帝が分からない内容を彼自身が消化した上で、わかりやすく教えた。
 昔は犯罪者が宦官になったと言うぐらいであるから、宦官全体は学識がない人間が多かったのだが、若いながらその辺に通じている曹騰は抜きん出ていた存在であり、生活面でも学問の面でも皇太子に信頼は厚かった。

 だからこそ曹騰はその事で他の宦官から嫉妬を買う恐れがあった。だが彼は父親の姿を見ていたからこそ、彼の様子をまねて、事すら人に丁寧に接し、感情を述べるようなことはなく穏やかで慎重に振る舞ったし、物が下賜されたり贈られたときには分け与えたし、将官に接するときは所為かを与えることはせずに厚い接待をすることで、実質的な成果を与えずに相手を満足させた。
 また派閥があれば常に中立を保ち、悪口も言わず、人を平等に褒め、また自ら表立っては目立つところへ姿を現すことはしなかったのだ。


 
 
 


   


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カレンダ
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