真三国志7



2008年04月29日(Tue)
真三国志7
 また、それ以上に心配であったのが、彼ら自身が守るべき馬や物資を略奪してしまうことである。現実に官軍ですら、護衛を頼むと徴収と言って商人から公然と略奪を働くあり様である。
 (信頼など、どこにあるというのだ。)
 そんな中、唯一玄徳をよく知る張世平だけは興味だけは持った。
 当時玄徳の生まれ育った幽州(今の北京付近)は、北方の遊牧民が混ざり合いながら、彼らの持つ優秀な馬が多く生産されていた。
 張はそれらを近隣や都で販売・流通させる商人の一人であり、玄徳は彼から馬具などを買うお得意さんだった。(というには貧乏で、あまり高価な物を買ったり、頻繁に馬や馬具を買ったりすることは出来ないが、色々馬や馬具を見るのが好きで彼の店に買わないくせに頻繁に通っていたのだ。)
 知っていないわけでもなく、また不良仲間だけではなくそれなりに地域の人からの評判が悪くない彼がそう言ってくるのは、彼にとっても迷惑であったが、無下に断るわけにはいかなかった。
 (妙に玄徳という若者……不良達にも慕われ、それなりには人気がある奴だから、下手な断り方をしたら、店の評判が悪くなる。)
 そう考える一方で、玄徳の言葉を受け入れても良いのではないか。と彼自身迷っている部分があった。
 それほど、政府軍が当てにならずに物流が困難になっていることに対してのいらだちがあったし、また彼自身商人としてたくさんの英雄と呼ばれる人々や政府の高官、有償と呼ばれる人達と商いをしてきたが、彼ほどの人物はこの広い中国で会ったことはなかったのである。
 ただこの時はそう言う気持ちとは別に、商人としての損得、現実的な計算が勝った。
 「一、傭兵を組織するというのならばその人数を用意すること。二、その傭兵を率いて馬を実際に黄巾党が荒らしている中を黄河の渡しまで届けること。」
 それらが果たせるのなら、力になっても良い。と玄徳に彼は返事をした。
 逆に言えば、それが果たせ程の器量が玄徳という若者にあるのなら、多少の出資なら安いと思ったのである。

 玄徳はまず、簡雍という彼の古くからの友人……というか年端もいかない手下の若者を呼んだ。
 彼は若くして劉備とは違いかなり専門的に学問をならった……と言ってそれなりの商人に取り入っては家庭教師のようなマネをしながら、遊び暮らしている若者でかなり玄徳は趣味が合う。
 ただその売りの学問は怪しく、またかなり礼儀とかには無頓着で口は悪く年上の玄徳に対しても無礼な奴である。ただ頭の回転は速く、どうでもイイ悪知恵が働くので玄徳が考えていることを形にするには使い勝手イイと考えていた。
 「面倒は嫌だよ。別にアンタの手下ではないし。」
 そう言って彼は口ではいやがっていたが、口は笑っており、悪巧みは嫌いでないらしい。
それ以上に彼は玄徳の事を話が分かる奴と気に入っているし、彼のような人間を扱える器量の大きい人間は……簡雍という若者がもし宮仕えしても彼が上司であるのなら楽しく自由に居られると思っているので、出世して欲しい(その上でおこぼれを)とを思っている。ちゃっかりした奴である。
 「別に面倒はない。」
 そういうと、玄徳は「官渡という所に馬を届けて欲しいという依頼を受けたから、俺の名で若い人達を三〇〇人ほど集めて欲しい。」と用件を切り出す。

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カレンダ
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