月姫抄14 |
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2008年10月03日(Fri)
月姫抄14
「ただここの海に来れば、ここの波音を聞いていれば。」
波音だけが真実を語り慰めてくれる。 月だけが、この世界の闇の中で私を遠くから見守ってくれる。 そう思うと、不意に悲しくなり、すぐに胸の中が温かくなり、瞳の中が熱くなる。 「泣いているのか。」 不意にあの炎に包まれた戦の中で聞いた懐かしい声が彼女の体に響く。 すっかり一人きりで居たことで緊張を解いていた分、過敏なほどその言葉に身を固くし、襲われた小動物のように警戒と怯えのまざった眼差しで声の方向を向く。 そして、暁に染められたような男の姿と顔を見て驚きを見せる。 「……主殿。信長との戦陣にいるはずなのにどうして……」 その言葉に対して男は応えずに、真っ赤になった腕で、真っ赤な重たい固まりを彼女の目の前に差し出す。 (維盛の生首……) 胸に痛みと衝撃が走る。 不意に月姫の目が醒める。目に見えたあの鮮明な朱と較べれば遙かに優しい色の朝日が目覚めた彼女を包んでいた。 (あれは、夢……なんだろうか。) そんな事が一瞬心をよぎる中、障子の向こうではあわただしく息女達が行き交っている。やがて体格の大きい癸未がかなり苦しそうに身をかがめながら、体に似合わない小さな声で「姫様、お起きになられてますでしょうか。」と遠慮がちに問いかける。 普段は身分の違いもあり、月姫を無視するように何事もなければ声を掛けない側女が朝から声を掛けるとはかなり珍しいことである。 その事も分かっているから月姫は、息を整えて気を静めると「起きているが、何ようか。」と落ち着いた言葉で訪ねる。 すると思い切り強い勢いで癸未は戸を開けると、焦った気持ちを抑えきれないように、息を荒げながら、叫ぶ。 「大変です姫様。……維盛様が、何者かに惨殺されました。」 「……」 不意にあの生首の姿と昨日の当主との邂逅を思い出す。 (……あれは、やはり夢ではないのか。) 「維盛様の父上殿が至急姫に浜に来るようにと。使いがありました。早くお着替え下さい。」
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