月姫抄13



2008年09月20日(Sat)
月姫抄13
 次の瞬間幼さを残した姫の顔が、冷たく殺意の籠もったような敵意に変わる。
 声も先程の呆れたような話し方から、余裕の部分が研ぎ澄まされ、刃物のように変わる。
 「私が、逃げている……とだと。」
 逃げているのではない。と思う。人の持つ煩わしい馴れ合いとか、愛とか、友情とか、嫌いなのだ。係わりたくないのだ。
 そう言う面倒な物は、この乱世に一体何になるのか。まして彼女は神と同じようにその道を究めるためだけに、余計な物をそぎ落として一途に生きなければいけない者である。
 (それなのにどうして邪魔をするんだ。)
 あと少しで怒りを男に言葉にしてぶつけようとする程、月姫には心の余裕が消えていた。でもそれをしなかったのは、彼女が大人と言う事よりも、相手の男の方がそんな彼女を面白そうに悠然と見て微笑ましいかのように見ている様子からであった。
 月姫は男の笑顔に怒るタイミングを失い、悔しそうに唇を噛みしめた。
 (私が、そんなに子供か。そんなに哀れだというのか。)

 怒りにまかせるように、月姫は夜馬に鞭を入れ静寂を切り裂くように走らせる。
 いつも、側女達の監視を抜け出して、何もない海岸に彼女は向かう。

 (大人達は何もかも知っているような顔をして、人を支配しようとしている。
 何もかも、思いのままにしようとしている。)
 やがて転げ落ちるように馬から降り砂浜に倒れ込む。
 そして顔を伏せて泣くように、うつぶせのまま長い時間うごかなかった。
 目を瞑ってその闇の中の方が、現実の光の中よりも彼女には広く感じた。
 (光なんか嫌いだ。闇の方がどれほど優しいことか。
 人のいる昼間の世界は皆私を興味本位で見て、息が詰まる。)
 昼間舞を演じたが、それよりも前から「月姫の巫女」と言う自分の立場、「瀬戸内の新興勢力の人質」と言う立場をまず演じなければいけない自分が居る。
 誰がが居る限り、誰かの目がある限り、ずっとその戒めを着続けなければいけない。
 ただ広い海を見つめている時だけが、彼女の心を自由へと解き放ってくれる。
 救ってくれる。


   


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カレンダ
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