月姫抄10



2008年06月30日(Mon)
月姫抄10
 そう思ったからこそ、道理を説いてそれを封じる。
 「されど、今は主が遠くで戦場にいる最中に戦勝の神事でなき場所にて踊るのは、不謹慎でござりましょう。
 お誘いはうれしいのですがそのようなことをされては後日主殿に『病なのに舞を見る余裕があるのなら、戦に赴かれればよかろう』とお父上に申されることでございましょう。」
 (だから辞めた方がイイですよ。)
 と、逃げるように維盛に背を向き立ち去ろうとする。
 「あいやっまたれぃ」
 そうしようとした月姫に対して大きな声が突然掛けられる。維盛は何回も誘いを掛けられるが(←ことごとく玉砕)そんな形で、呼び止められたことはない。振り向けばあの小柄で貧相で禿げネズミのような維盛の従者が前に進み出る。
 (びっくりした。)
 綺麗物好きの維盛殿にしてはどえらく百姓じみた薄汚い下品な感じがする男を側に置くと思ってはいたが、声は大きく、小柄な体にもかかわらず立ち振る舞いは立派で大きく見える。なにより絶えず笑顔を海の波のように讃え続け、月姫が目を向けても目は猫のように細めても堂々と温かくそれを受け止めている。
 はっきり言って、この従者の方が維盛よりも度量が大きく、下手をすればこっちの貧相な男の方がよっぽど月姫には主に見えてしまう。
 (家中にこのような物が居たのか?)
 「どこの者じゃ。」
 静かな、でも押し殺したような声で直接従者へ月姫は問いかける。
 凛として綺麗な声でありながら、言われた男にとっては刃物を突き立てるような、一瞬の隙もない言葉に聞こえる。
 だが男は、人を食ったように微笑み続け甘んじてその刃と向かい合う。
 まるでどんな刃を振りかざしても、倒れぬと言わんばかりに堂々としていて。
 そんな二人の心の刃の斬り合いをぼんやり見ていた維盛は慌てて助け船を出す。
 「月姫、この者は我らと商いのある京の茶屋宗永殿が日頃のお礼に小者を一人使っていただくようよこして。
 月姫どのには周りにはお付きの巫女は居ますが身辺を守る男手が居ない上、是非にこの者をおそばにお使いいただきたい。と」
 「この男をか?」
 そう言われても、護ってくれるはずの男の方がスケベそうな笑みを隠すことなく陽気に浮かべており、却って月姫には身の危険を感じる。

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