月姫抄 |
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2008年06月20日(Fri)
月姫抄
不意に月姫は挑発的にじっと見つめ問いかける。
「それは……、父上が病気であるし、瀬戸内にはこの戦いの最中でも多くの船が行き交うのだから、それらの運行を守ったり、通行税を徴収したり……それらも戦場で戦うのとおなじくらい大切な事である故。 まして我らが留守を守っているからこそ、主殿も安心して戦えるのでございます。」 「左様か。」 なるほど維盛の口上は立派な物であるが、すぐに顔を伏せ言葉とは裏腹に語尾もしっかりせずおどおどして心許ない返事をするものである。 そういえば先代は東の庄戸、西の印野と呼ばれ海では豪勇を誇ったものの維盛の父も年をとった所為からか、戦をいやがるようになり数年前から始まった信長の戦いには病気であることを理由に守備の方に回っている。 維盛自体は、そのことに対して負い目を感じているからそのような様子ではあるが、だからといって戦に積極的に加わるというのは生来見せることはなく、もっぱら笛や衣装や商いの方にのみ感心が向かっていたのだ。 (笛を吹く指も女の私よりも綺麗な指をしているし。) 「ところで何用なのだ?」 まさか維盛も月姫に皮肉を言われて近付いた訳ではあるまいと思い声を掛ける。 「月姫に願いがあって。」 「……願い?」 「病床の父上の為に回復祈願のために舞って欲しいのだ。」 そう言って、彼女の袖許をつかみ丁寧に頭を下げる。 (私などに対して、どうしてそんな風に維盛は頭を下げるのだ。) 確かに月姫は生き神として、立場的には上に置いてくれるのであるが、実際は須江氏の捕虜という立場である。だからこそ、浦島の家臣達の目も蔑視で見ているのであるが、この実力者の長男坊だけはいつも誠実に丁寧に対峙してくれるのである。 「その時に、月姫にどうしても話したいことがあるのだ。だから頼むから、我が砦に赴いてはくれぬか。 豪華な料理も用意する。堺から取り寄せた美しき衣装も用意して居る。だから是非。」 何かと熱くこの殿方は誘ってはくれる。もしかしたら、先程の舞で色々暗くなっている月姫のことを思ってくれてなのかもしれないが、当の本人はそう言う優しさに対しては鈍感であり無頓着な性格であった。 (とはいえ、どうせ戦に出たくないからの病気にどうして舞わねばなるまい。)
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