月姫抄9 |
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2008年06月05日(Thu)
月姫抄9
そう月姫は自嘲しながら、先ほど舞った舞台の更に上の上の館の方を見上げ、今一度過去に思いをはす。
(お館から聞こえたあの笛の音。水のように限りなく澄んでいながら、深い悲しみが込められたあの音色。) 月姫が建前賓客と言う形式を取りながら、実際には須江氏の捕虜としてさらし者に遭うかのように、浦島の主に舞の披露を最初に命じられた時、ふとそちらの方からあの音色が聞こえた。 その笛の音色は悲しみを歌っているのに、時に音は強く、また正確で、嘆きだけはない物が感じられ、哀れみは全く持たなかった。だからこそ余計切ない……そんな苦しさを感じてその時涙が溢れるのを押さえられなくなりそうだった。 「月姫殿もうお帰りですか。」 そんな過去に月姫が思いを馳せていると、先程の舞で笛を伴奏してくれた武将印野維盛が、弟で鼓の名手である宗清とほっかむりをした貧相な顔の従者を連れ、藍色の鮮やかな衣装をはためかせ、息を切らせて駆け寄ってくる。 印野氏は、浦島家に属する豪族の中では古くから堺と通じ豊かな一族であった。その三男維盛は生来派手好きで、女子のように綺麗な服を好んだ。また家中一の笛の名手と呼ばれており、真っ赤な笛を愛用して姫が舞うとき伴奏をすることが多く、時折その衣装の秀麗さが逆に月姫には閉口させたりするが、性格は単純で悪い感じを相手に持たせるタイプではない。普段から月姫に対しては何かと気を掛けてくれる。 「先程の舞、他の姫君達に全く臆することなく毅然に踊りきる姿が、戦いに赴く姿と重なり……戦勝祈願の舞としては、ふさわしいお姿でしたな。」 そう言って維盛は声を掛けて喜ばせようとする。 (甕姫といい、維盛いい……同情してくれるのはありがたいが、お世辞にしかならない。) それが本当でないからこそ、あの場の人達はああいう冷めたりあるいは侮蔑を含めた反応しかなかったのである。 結局その程度でしかなく自分は、いくらむっとした所でくだらない存在なのだ。 (私も、お互いを卑下し合うことで満足しているあの女達も結局下らぬのだ。ただ時代に巻き込まれ、男達が戦いにどうするかで自分達は何も出来ずに翻弄されていくのだから) 「それなのに維盛は何故信長との戦いに行かぬのだ。」 不意に月姫は挑発的にじっと見つめ問いかける。
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