ケイタイ小説カフェ「ソルノチェセル」 - 2008/10
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ケイタイ小説カフェ「ソルノチェセル」/一覧 (286)
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2008年10月31日(Fri)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−47-
だが、その決心が付かぬまま月日が過ぎていく。
そして、少帝崩御の日がやってくる。 皇帝の空白の日が始まる。 その日、朝議では少帝後の後継を決する。 先日の張逵らの交渉により根回しが済んでおり、実権を閻氏を握ることで王子を召致する使者を発した。 閻氏自らが済陰王を皇帝に押したことにより、反対する者はなく承認される。 (召致されてからでは人質に取られ動けなくなる。) 一方江京はその動きがごく一部で察知できずに、済陰王を向かい入れる準備と先帝の葬儀の為に打ち合わせのため閻氏の宮中に参内する。 (有力者が揃ったか) 彼らの控え所は数カ所。自分を含め19人に対しては細かく指示をした。 それでも成功するという確信はなく、漠然とした見込みだけである。 そんな中「済陰王」が先帝の死以来始めて宮中に見えて、打ち合わせをするという。 「済陰王の身の回りの事に関して直接江京ら宦官と少人数で話し合いたい」 と言う申し出が曹騰の使者「単超」から伝えられる。 それに伴い、江京ら幹部数名のみが部屋に集まる。 だが約束の時間が近付くと曹騰から済陰王が頭痛を発せられて遅れるとの連絡がくる。 「折角我らが時間を割いているのに、集まれといった本人がそのようでは、宦官は誰も付いていかぬぞ」 ふてぶてしく江京は自らの立場と役職を忘れてしまったかのようにそんなことを呟く。 (今が好機だ。) その時、彼の他の18名は閻氏の有力者をらに備える位置にはいたものの、このときに実行に移るとは思っていなかったし、伝達もされていない。 その為この部屋で孫程の味方は誰もいなかった。
2008年10月30日(Thu)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−46-
王莽とは元々は皇帝の外戚であったが、絶大な権力を背景に帝位を漢の皇族から簒奪し新を建国し、後の光武帝が再び漢を再興するまでの間未曾有の混乱が訪れる。
それまで人口6千万だったものが、後漢初めの頃には2100万に減るなど地獄のような時代だったのである。 このまま外戚の閻氏に力を持たせておけば。いつ王莽のようになるかは分からない。 そうなれば先人が守った漢を滅ぼすことだけでなく、多くの宦官や罪のない民衆が職を失い命を失うことになる。 (それだけはさせてはいけない) そして孫程は行動に移す。 まず彼は彼の意志に同調してくれそうな宦官に掛け合う。大体の人は「無理だろう」と言うが「王莽」の名を出すと考えた後、手を貸すことを確約してくれる。 ほとんどの人間は閻氏の専制には好感を持っていなかったのでそう言う部分では協力的な人間が多かったのも好都合であった。 とはいえ、閻氏の勢力が圧倒的に強い中である。多くの人間を集めることは難しく、やっと集まったのが19名である。 (これが限界か) とはいえ、きっかけが出来れば、こちらの方に風向きが良くなれば、不満を持つ人間は多く、また今の皇帝が亡くなれば済陰王が皇族の代表として皇帝の名乗りを上げさえすれば、例え閻氏が他の人を立てたとしても今度は正当性は薄く孫程の方に雪崩を打つ。 (とはいえ、誰か有力諸侯の後ろ盾が欲しい。) そう思い考え (曹騰なら誰を力を借りるか。) と考えたとき、ふと彼と面談したとき口にしていた人物が思い浮かぶ。 「李閏か」 曹騰がいうような正義感でないが、偏屈な性格で自尊心が強く、閻氏を快く思っていないという点では共通している。 (一か八か説得してみるか。)
2008年10月29日(Wed)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−45-
(皇帝になるために閻一派に屈服するのか)
不満げに唇をかみしめたと同時に、済陰王に対して同情とそれに付随して誰かに向けられている憤りに気が付く。 それは閻一派に対する不満だけではない。その感情の刃の一部は自らの方に向けられているのである。 (宦官は皇帝の側近としてはたらなければならないのに。閻一派の為に働かされている。それが本当の姿なのか。) それに較べて宮中を去ったとしても曹騰は側近としての職責を全うしている。 (それなのに私は) 怒りのあまり拳を握る。ふとその拳を見つめて済陰王に褒められた言葉が頭に浮かぶ。 (「孫程。いつか、剣などを教えてください。」か……確かに剣で一対一なら余程の者を相手にしなければ私が後れを取ることはないのに。) とはいえ一人では何も出来ない。 そう思った瞬間、ある考えが頭にふと思い浮かぶ。 (いや、一人だけにしてしまえばいいのだ。宮中の中なら閻一派も安心しているだろうし、沢山の兵を宮中に入れることは出来ない。) その瞬間、激しく曇り雨さえも降りそうだった孫程の心が天が割れるように晴れていく感覚を覚える。 一人きりになると彼は策を練る。 皇后の名前を使い閻氏の主要の人間の宮中に招いておいておく。そして江京を部屋に呼び込み一人にして殺す。 宮中の中には多く閻一派に対して不満を持つ人間が居る。彼を殺せばその者達を封じる者は居なくなるし、もともと宦官は腰抜けの者が多いが閻一派に付き従うような者は特に根性のない奴らだ。そうなれば恐れおののいてわざわざ閻一派の為に命がけで守ろうとする者は居なくなるだろう。 反閻一派の者達を集め江京殺害と同時に宮中を封鎖し、一気に閻一派を人質にする。 ただ、そうなった場合閻氏の手勢がどう動くか分からない。帝都の守衛の兵を掌握する必要がある。 (出来れば、閻氏の独裁を支えていた李閏を味方に付けたいが) 容易ではないだろうと思いかけたところで、その考えを改める。 (決して李閏は閻氏の独裁に肯定的ではない。しかも曹騰が彼の様子をうかがっていたとと言うことはもしかしたら密約があるかもしれない。) (それにもしなくても) このまま何もしなければ閻氏が更に力を持つようになる。それがもっと酷くなれば (王莽の様な事になりかねない)
2008年10月28日(Tue)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−44-
(俺達を殺すために。あるいは俺達を人質にするつもりか)
とっさに緊張が走る。思わず腰にある見に手を掛け、立ち上がる。 目の前の曹騰をにらみつける。おかしな動きがあれば (切る) と言う意志を向ける。だが彼は落ち着いていて何事もない様子でいる。 孫程は宦官であるが腕力には自信がある。曹騰ぐらいなら切り伏せる事は出来るのである。それぐらいは同じ職場にいた者どおし分かっているはずで、例え部屋の外の兵士達が切り込んできても道連れには出来る。 「それでも……どうして。」 「済陰王になにかあったのなら、私の命を換えてでも生きては返さないと言うことです。」 そう言うと、曹騰は言葉とは裏腹に爽やかに笑う。その笑顔には断固たる覚悟があるのだろう。その言葉を聞いて、孫程は始めて張逵が済陰王を殺せるという可能性に気が付くのである。 勿論彼が殺したところで、閻一派が喜ぶだけであるし、孫程のように腕力があるわけでない。そんな事をするはずがないのである。ただ、こういう緊張感だからこそ何があってもおかしくないと思う程、曹騰らは閻氏らと戦っているのと同じ状況なのである。 (この人は相変わらず、皇帝の為に命を賭けて忠誠を誓っているのだ) そんな思いが孫程の胸に宿る。同時にその言葉は彼の過去の言葉さえも思い出させる。 (外戚が力を持つのではなく、皇帝中心の世の中にしたい) そんな二人の緊張感とは別に、張逵と済陰王は笑顔で談笑して入ってくる。特に張逵は上機嫌でここに来るまでの表情とはうってかわっている。済陰王は不意に孫程の顔を見つけると頭を下げ彼にも笑顔を見せる。 「孫程。いつか、剣などを教えてください。」 そう言って彼は声を掛けて見送る。 彼らが勝った後、屋敷内を歩く兵士達に「もういいよ」と曹騰は笑顔で応える。 帰り際、ずっと張逵は上機嫌であった。 「済陰王は閻氏の提案に乗ったぞ。余程、我慢に耐えきれないらしい」 そう言いながら顔がほころびるのは、彼の説得が功を奏したことで出世を約束されるという思いがあったのだろう。 「大体曹騰という宦官はろくな者ではないな。あれだけ皇帝に我慢だけ押しつけて、皇帝になれなかったのも曹騰がしっかりしていればそんなことにならないものを……私が問いかけると、かなり彼に対して不満があるようだ。」
2008年10月27日(Mon)▲ページの先頭へ
折り紙
たった一枚の紙で
変わる人生があるかも知れない たった一枚の紙で 支配される人生があるかも知れない たった一枚の紙が 貴方の手で 色々形になっていく
2008年10月26日(Sun)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−43-
(もしも皇帝が崩御されたら、大変なことになる。)
現皇帝ですら本来本流でない王を立てひんしゅくを買ったのである。これで新たな皇帝を立てることがあれば、閻氏が政治を私にしているというそしりをこれ以上避けれないのである。 しかも梁商らが反対勢力として屈服していない状況である。 このままそう言う状況を続けては大変な状況になる。 それなら済陰王を皇帝にして恩を売ることで、自分達の支配に組み入れた方が良いという判断が働いたのかもしれない。 なににしても宮中は閻氏が支配を強めているのだから、中に入れてしまった方が支配しやすいという判断なのだろう。 それを示すとおり曹騰に距離を置く彼と、曹騰に対しては敵意を持つ張逵が使者に選ばれたのはそう言う理由なのである。 (閻氏の使い走りにされるのは気に入らないが) 曹騰と話をして彼の意図を聞いてみたいと思っていた彼にはわたりに船であった。 とりあえず使者を出し済陰王に面会を告げる。するとあっさり「会う」と言う返事をしてきた。黙っていても皇帝は死んでいき彼を皇帝に立てざる追えない時期が来るのだから、無視すればいいのにと孫程は思った。逆に考えるのならそう言う情報が入らないのか、あるいは梁商の屋敷に兵とともにいわば籠城して居る状況で食料が尽きているのかもしれない。 曹騰は二人を案内したが、皇帝と面会を許されたのは張逵だけであった。二人だけで彼が戻るのを待たなければならなかったのである。 とりあえず孫程は彼の顔色を伺う。閻氏からの密書と言うことで皇帝の未来に関しての重要なことをかかれている筈である。彼にとっても気になる筈なのだから何事もなく特に語りかけることなくお茶を飲んでいる。 「李閏は元気かとやたら済陰王が聞いてくるんですよ。彼のような義に厚い良心的な政治家が閻氏ともに政治を行うのなら不安はないでしょうね。」 「はあっ」 折角曹騰が声を掛けたが、孫程は閻氏の横暴を知っているし、李閏が彼の言うように義に厚くはなく、口だけは達者で自尊心が強いと思っていたからこそ、彼の言葉に素直に頷けずに何とも言えず苦笑いをするしかないのである。 沈黙に絶えきれないように、孫程は彼に話しかけようとした。その時後ろで物音が扉の外でする。 (なんだなんだ) しかも、その物音に金属がぶつかり合うような軽い音がする。 (兵士達がうごめいている。)
2008年10月25日(Sat)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−42-
「とにかく貴様達に出世はないと思え。忠誠を誓うのだ」
江京はそういって引き締めをおこない慌ただしく、彼らの許へ打ち合わせに向かっていった。 「分かりました。」 そうして平伏していた宦官達だが、彼が立ち去ると一気に不満の声を上げる。 「うざけるな、江京の野郎。自分だって曹騰達を全然警戒していなかったくせに」 「そうだそうだ。俺達に面倒を押しつけておいて出世をするのは閻氏の手先になっている江京だけだろう。」 「忠誠を誓えだと。閻氏らは別に皇帝ではないだろう。そんな奴のためにどうして我らが働かなければならないのだ。我々に命令が出来るのは本来皇帝だけなのに」 「……よさないか。余計な事を言うな。閻氏が傀儡の皇帝を立てる以上、奴らの天下だ。そんな事を言えばどんな事になるか分からないぞ。」 孫程が慌ててその名を挙げて制し静かになる。だがそれでも不満が押さえ切れず 「……どうして先帝の子ではなく、北郷侯を立てる必要があるのだ。しかも北郷侯は幼い上病弱で職責に堪えられるとはとても思えない。どう考えても奴らが専制を行いたいだけだろう。」 と誰かが吐き捨てる。 その言葉の通り、北郷侯が皇帝になると閻一派と江京の専制は酷くなるばかりだった。唯一彼らの勢力が通じないのは済陰王と梁一族が居る西鐘下の人々で、閻氏も梁冀の能力を知っているからこそ、うかつに手を出せずにいた。 (だがその独立もいつまでも続けられないだろう。) 閻一派は方法を変え、じっくりと宮中を確実に固めていったのである。済陰王は孤立する一方である。 ところが、その潮流が200日目に突然変わる。 江京が、張逵と孫程を呼び密書を携え告げる。 「閻氏の密書を持って済陰王と説得して欲しい」 「……それほど少帝(北郷侯)の具合が悪いのですか。」 張逵が思わずそんな事をつぶやき、すぐに江京がにらむ。
2008年10月24日(Fri)▲ページの先頭へ
彼女が手首を切った理由。
手首を切る事に何の意味があるの。
カウンセラーが聞きました。 ある人は虐められたから・・・と言いました。 ある人は人を信じられないから・・・・と言いました。 カウンセラーは言いました。 可哀想ですね。と 手首を切るより、もっといい方法があるよ。 兵隊さんは言いました。 貴方は人を信じている。 作家は言いました。 貴方は自分を虐めている。 飼育員は呟きました。 私の友達は、手首を切らなくなりました。 その時には、親が付ききっきりで話をしてくれました。 恋人が抱きしめてくれました。 その頃には、彼女は寂しいと言わなくなりました。 ある医師は言います。 手首を切る事は、周りの人に痛みを気付いて欲しい為に 見えるように切るのだと。 それしか、振り向かせる方法がないから切るのだと その説が正しいかどうかは分かりませんが、 貴方が寂しいのなら、痛いのなら 違う方法があるのだと・・・・ 今なら分かるのに。 彼女は傷だらけの手を見ていった。
2008年10月23日(Thu)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−41-
「次の皇帝は北郷侯を立てるしかないだろう」
閻太后はそう呟く。北郷侯は第3代皇帝章帝の孫であるが年齢はまだ幼く政治を取り仕切れるような状態ではない。しかも先帝安帝とは血統的にも遠い存在である。 (難しい) と、李閏など思う者も居たが、閻氏らは自分達の権力を絶対視しているのか、それを強固に主張し押し切る。 「そんなに不安があるのなら、謹慎の禁を破った済陰王に罪状を付けて処刑すればよい。なんなら北郷侯が皇帝になったところで、反逆の罪を着せて殺せばよい」 そんな事を野王君は呟く。 李閏はそれをとがめる。 「父親の遺体に会いにいったことを罪状にするのですか。まして、皇帝が亡くなった時その息子までを殺す事が一体誰が出来るというのですか。北郷侯だって本来なら平時なら王までにしかなれないのに、正当の皇帝の血を流す事が出来るのですか」 「李閏は不服なのですか?」 江京が警戒の眼差しでその言葉を不快そうに責める。 「いや、そんな事を言っているわけではないよ。北郷侯が皇帝になってくれた方が我らには都合が良いし、閻氏を敵に回したらどうなるか考えたらそんな事は私は出来ないよ。ただね、梁冀のような輩がそれに取って代わり天下を取りたいと思っているらしいし、その父親の梁商は義理堅い人だから、決死で済陰王を守るだろう そうなれば閻氏の掌握する兵が幾ら多くても、梁商は豪族として強固な軍を持っている。もし争えば力で押しつぶす事は容易ではない。」 「怖じ気づいたか。」 「いいやある人が宮中を掌握していたはずなのに、曹騰に逃げられなかったら済陰王も大人しくせざる負えなかったといいたいだけだよ」 そう言って、名前は出さなかったが李閏が江京を明らかに責めていたのである。 「馬鹿野郎。俺があれほど行幸前に曹騰の動きに注目するようにと言い残したのに、まんまと逃げられ追って。宮中に戻るまでの留守を守れなかったのだ」 そう宦官の一人孫程に対して、江京は責め罵倒して、蹴り飛ばす。 (そんな事言われたって。) 彼自身も困る。勿論曹騰が済陰王に対して連絡を取り合うか見ていたのだが、そんな様子は見られず、いつの間にか彼の許に戻ってしまった。 事前のやりとりが必要でないほど、曹騰と済陰王の信頼関係が存在したのを見余っていたのである。 (普通なら、あれだけ落ちぶれた済陰王の許になど戻らないよなぁ)
2008年10月22日(Wed)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編40
やがて彼らの前に、皇帝の遺体が通り過ぎていく。
済陰王の心には、我が子を虐げ続けた皇帝に対して少なからず憎しみもあったが、その相手はすでに体はここにあろうとも心は遙か遠くにあるのだから、それをどうしようにも出来なかった。 今はただ、父親の死を悲しむだけであり、その体を自分が子供としてその胸に抱かれない変わりに、自分の手で抱きしめたかったのである。 その思いで済陰王は吸い寄せられるようにその行列に近付いていく。 「そのような真似は絶対に許さぬ。大体そなたは、謹慎の身であろう。下がれ」 そう叫び宦官の長である江京は行く手を阻む。 真っ先に代表として出迎える者は、皇帝の後継者となるべき人物であるはずなのである。それなのに済陰王がそれをおこない、葬儀をおこなう事になれば、自ずと彼を皇帝にしなければならなくなってしまうのである。 (そんなことをさせれば政治的な敗北だ。絶対に会わせてはならない) そう思ったからこそ、断固として拒まなければならないと江京は怒鳴る。 それでもなお近付こうとするで済陰王であるが、江京は兵をその間に立たせて、親子の面談を無理矢理拒んだのである。 「父上っ〜」 と叫ぶ声が悲しく、広い都の中に響いたのである。 その事件は程なく人々の話題になっていく。 「江京も閻氏も、実の親子が死して対面を望んでいるのに。それを拒むとはむごいことをなさる。人として儒教の『孝』を考えぬ、むごい仕業だ。」 「それにしても済陰王は我が身の心配を顧みず、儒教の『孝』を貫くとは立派な者だ。」 「そうだそうだ。うちの馬鹿息子なんか、俺が死んだところで知らんぷりをするだろうに、皇帝の息子ともなるとたいしたもんだ」 人々はそんなことを言い合っては、ほとんどが済陰王に対しては賞賛の声であり、閻氏らには非難の言葉を向けられていた。 その背景にはしっかり政権を運営したケ氏一族に変わり自らの勢力の拡大に努める閻氏への反発があったのだ。 そう言う逆風の中にも、閻氏らは次の皇帝を決めなければならなかった。 (とは言え幾ら人気があり、血統的にも最適であったとしても、済陰王を皇帝にしてはいけない) そう彼らが思う背景は、彼らが権力を維持したいと言う気持ちは勿論あったのだが、同時に皇帝の(済陰王を皇帝にしてはならない)と言う言葉も大きかったのである。
2008年10月21日(Tue)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編39
それでも、皇帝に従順に従うことを勧めていたのは彼である。
その彼が今済陰王の心を時放ったのである。 「これからは貴方は貴方の心で動かなければならない、なぜなら」 貴方は皇帝にならなければならないから 「貴方は父である皇帝の息子であるから。」 曹騰は馬を2頭用意した。済陰王と彼の分である。 「御父様の……皇帝の遺体を貴方が迎えに行かなければなりません。」 「もとより、私も父に早く会いたい。」 そう快く、済陰王は応じ馬に乗る。二人は皇帝の遺体が通る門へと馬を走らせる。 その時妻である梁氏の兄「梁冀」と彼らの父梁商は特に何も指示のないまま都の各地に兵士を配置して、ぼんやりと警備を行っていた。 そんな中済陰王が馬を走らせ、皇帝の遺体の方へ向かっているとの報が入る。 「一体何をするつもりだ。」 梁商は心配して意図を探る。常に従順であり続けた曹騰と、済陰王が突然そんな行動に出るとは思わなかった。 果たして閻氏にとってその行動がどう思われるのかは想像が付かない。 梁一族は後漢成立時の英雄の一族であり、有力な豪族の一つであったが、先帝を支え皇后の寵愛で信頼を得ていた閻氏が宮廷の内部に強い力を持っていたため、武力はあっても宮廷では圧倒的に味方が少ないと言える梁商は、その娘を皇太子だった済陰王へケ太后の命により嫁がせていたものの、彼を立てて閻氏と対抗しようとする気も持っては居なかったのである。 ところが彼らがたった二人で皇帝の後継者として皇帝の遺体を迎えに行こうとしているのである。 (たった一人で何が出来るのだ。) 幾ら皇帝の理不尽に絶えていたとはいえ済陰王は若いから突拍子もない行動があり得ないとは思わないが、まさか温厚で慎重な性格の曹騰までが一緒だとはとても思えなかったのである。 「とはいえ、我が婿の済陰王を閻氏に捕らわれるわけにはいくまい。」 梁商はわずかに考えた後覚悟を決め、出来るだけの兵達を直ちに集めさせるとともに、我が子梁冀にはその手勢を率いて皇太子を守るように命令する。 一方命じられた梁冀は「今こそ我が梁一族がいよいよ閻氏に取って代わる日が来たのだ」と小さく呟くと、勇んで門へと向かう
2008年10月20日(Mon)▲ページの先頭へ
小物入れ
貴重品は宝箱の中にしまうのに いつも一緒に大切な物は すぐそばにないと困るから いつも手に届く場所に置いてきぼりにしまうけど 本当になくして困るのは 高い宝石じゃなくて いつも一緒に行動する物 本当に愛着があるのは いつも手にする物なのに 無くすまで本当はその大切さに 男はきっと気がつかない。
2008年10月19日(Sun)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編38
閻氏は済陰王と手を結び彼らの栄華をつぶそうとする勢力が出てくる事を恐れている。
万が一そう言う動きをする物が出てきたら理由を付けてつぶす覚悟を閻氏は持っていたし、現に宦官で一番力を持つ江京が宮廷内でも監視を続けており、曹騰も文も面会も出来ずにいるような有様である。 そのような状況では誰もが閻氏から不信に思われることを恐れるあまり、亀のように皆屋敷で喪に服しながら、じっとしている他にはなかったのである。 そんなこんなで皇帝と同じように街も死んだような状態で誰一人身動きもしない状態で数日が経過したのである。 そんな中、突然曹騰が誰も訪れない済陰王の許へとやってきた。 彼は皇帝の死を知ってからぼんやりと外ばかりを見ている済陰王に告げる。 「皇帝の遺体が今日都に入ります。皇帝の息子としてそれを迎えに行かなければなりません。」 すると済陰王はうつろに曹騰を見つめ返す。 彼だけはその表情の本当の意味を知りながら、諭すように言い聞かす。 「貴方は皇帝の息子なのです。だから、何も遠慮すべき事はありません。泣くことも、悲しむことも今は心のままにしていいのですよ。」 その優しい一言に済陰王の表情は曇り空から豪雨へと変わる。 「父上っ」 そう何度も何度も叫びながら、始めて押さえ続けてきた涙があふれる。 ずっと皇帝との確執の日々からこらえ続けた感情を始めて済陰王は露わにして、時に敬慕し、時に苦しみ、憎しみ続けた自分の父親の死を心のまま悲しむことが出来た瞬間であったのだ。 「でも、本当に良いのか。このまま宮中に残ればそなたなら例え新しい皇帝になったとしても栄進できたであろう。それなのに、皇太子を廃嫡された私の許に戻るとは。今まで皇帝に大人しく従ってきたのに、そのまま平穏に暮らせば何の心配もない者を、よりによって一番閻氏から敵視され、一番危うい私の許に何を好きこのんで戻ってくるとは。」 済陰王は身支度を調えながら、曹騰をからかうようにそんなことを呟く。 それに対して曹騰は何もおかしくないかのようにそれに応える。 「私は済陰王様の命で皇帝のお世話をするように言われたから宮中にいただけです。その任を全うし終われば、本来の主の許に戻るのは当然でしょう。」
2008年10月18日(Sat)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−37−
「どいつもこいつも、どうした私の心配をする。」
吐き捨てるようにそんな言葉を皇帝はつぶやき、苛立ちを見せる。 「ケ太后も死ぬまで私を信じてくれなかった。ケ父子や楊震は自分達が政治をすることでしか世の中が治まらないと考えて私の意を計ろうともしなかった。そして彼らが死んだ後も民衆は私の力を誰も信じようとしない。 だからこそ、私は行幸をしてこの地上のすべてに、私が支配者であることを知らしめなければならないのだ。」 その言葉を残し皇帝は行幸に出る。その率いた軍勢はまさに彼の力を誇示させる為の物であり、そしてその長き日程は彼自身が不信に絶え続けた日時を埋めるための物だったのである。 だが、その行程は皇帝の心の隙間のすべてを負えることを出来なかった。 行幸先で皇帝は病に倒れ、そして都を前に没したのである。 「皇帝が崩御されました。」 その報を済陰王の妻、梁氏は努めて事務的に告げる。そして合わせて遺体が都に運ばれ埋葬される事を伝える。 「そうか。」 それだけ言うと彼は再び庭に出て外を眺める。 父親の死を夫はどんな思いで居るのだろうかと思い梁氏はその表情を伺った。あれだけ我が子に対して敵意向けいつも命を奪うかのように阻害してきた男を憎しんでも当然とは思えたし、その一方で曹騰を皇帝に差し出したり、行幸先でも父親の心配を心配し続けていてどんなに憎しみを受けても、父に対して子の敬慕を持ち続けた済陰王である。 だがその死に対して、済陰王は形式的に喪に服するように指示をした以外は何も言わず押し黙り、何事かもないかのように、いつもどおり大人しく奥に引きこもり本などを読み過ごすだけであった。 皇帝は自らが死ぬとは思わなかったのか、あるいは死ぬとは敢えて思わないようにしていたのか、次の皇帝を決めていなかった。皇太子の地位を罪人のように追われた済陰王であるが、今の皇帝の直系の人間は済陰王が年齢的にも、過去のケ太后の意向を考えると一番ふさわしい人間といえるのである。 だからこそ閻氏は済陰王を恐れ、皇帝の死と同時に彼の動きを注視していたのである。
2008年10月17日(Fri)▲ページの先頭へ
フォーマット
思い出を消すにはどうすればいいの
どうすれば心のエラーはなくなるの ただ消し去ることは出来るの そうすれば新しい思い出を記憶できるの 心の中に枠を作って あの時の思いはしまっていこう 心の中を区切っていって 時には我慢もしていこう 辛いことも受け止めよう そうすることで思い出を ちいさな心のFDに たくさん詰めていこう 私の体が壊れても 思い出だけは残るように
2008年10月16日(Thu)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−36−
「……で、『巡行の準備を任す』ですか。」
皇帝の身の回りの物の目録を書き加えたり確認しながら、皇帝の口調をまねて呟く。 皇帝は政のことはあまり曹騰には相談しないものの、そう言う雑用だけはかなり頼りにしてくるので、わざと不満そうにとげのある口調で言う。 「不満か。」 「いいえ。」 めずらしく軽口を叩いた曹騰に皇帝が厳しい口調で訪ねてくると、何事もないかなのように受け流す。 「逆にそんなことを相談されるのは困ります。何を言っても済陰王の事があるので角が立つし、閻皇后にはにらまれますし……むしろこういう仕事の方が、楽しいです。」 「どこが楽しいんだ。」 穏やかなように見えて、几帳面な性格を見せる曹騰を自分とは別の生き物を見ているように呟く。 「済陰王ときっと、似ておられるのかなと思いまして。」 敢えて曹騰はそんなことを言い微笑み返す。 「……そなただけだぞ済陰王の名を出されるのは。」 皇帝はそう言って苦笑いをする。皇太子を廃嫡されたことにより親子の確執は決定的になり、誰も触れようとしない。しかし曹騰はそんな事など全く気にしていない様子なのである。 (済陰王ときっと、似ておられるのかなと思いまして。) その言葉にその様子の裏付けがあるのかもしれない。 「……そんな事を言っても済陰王は皇帝にせぬぞ。」 そんな事を笑って言いながら立ち上がろうとしたとき、一瞬目眩がして、床に膝を突く。慌てて曹騰は人を呼ぼうとするが、皇帝はそれをすぐに制する。 「それには及ばぬ。大事はない。少し疲れただけだ。」 そう言って皇帝はすぐに立ち上がる。顔色は少し良くないが、声には張りがある。 (人を呼べば、曹騰に毒を盛ったかなどと嫌疑が掛かり迷惑を掛ける) 彼にもその配慮はあったがそれを見せなかった。あくまで強い皇帝である事を誇示するかのように、何事もなかったのに皇帝は振る舞ったのである。 それはまるで曹騰のその姿の先に自らの息子の姿を写しているかのように……例えば動物の親が自らの弱さを見せたとき、その群れを追われる事を分かっているかのように気高く、見せているのと同じような思いなのだろうか。 「……お疲れのご様子ですね。今度の巡幸はやめられた方がよろしいかと」 曹騰は逆効果になるかもとは思ったが、心配のあまりそうすすめる。 「私が居なければ済陰王も謀反しやすくなるのにどうして止めるのだ。」 今度は針で突き刺すように、嫌みを皇帝は言う。 「閻皇后からも心配され、私からそう言うようにとお話がありましたので」 曹騰は軽く、その皇帝の嫌みを無視して忠告して、決して冗談ではなく皆が切なる心配をしている事を告げた。
2008年10月15日(Wed)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−35−
まもなくケ父子は食を断ち自殺した。それ以前にすべて皇帝によりケ一族は失職されており、その地位を閻一族や江京らが取って代わった。
また皇太子を守り続けた側近の半数が無実の罪で追放され邪魔者を追い出された後、皇太子は廃嫡され済陰王に落とされた。 これにより閻一派が権力の中枢を握ったのである。 市井の人々は新しい権力者の時代を感じ取り 「皇帝がこれで、親政を行う環境が整ったわけだ。」 と呟く。だが、政治に詳しい人間は。 「皇帝に政治が出来る者か。皇帝は好き勝手な事を言うだけで、実際に政治を動かすのは閻一族だろう」と噂する。 「それにしても、済陰王は情けないお方だ。自分を支援する者達が追い落とされても黙っていて」 と言う意見もあったが。 「父親の言う事を逆らわずに黙って聞くというのはなかなか出来ない事だ。見ろ、内の息子なんか俺様の言う事を聞かずあそび回って文句だけ言って。 俺の息子と交換したいぐらいだ。」 という好意的な見方が相次いだ。 それでも済陰王はほとんど人との交わりを拒絶し、大人しくしていた。その為時間がたつにつれ皇帝からも閻一派からも脅威はないと思うようになり、権力が彼らに移るにつれてその存在は次第に忘れ去られていった。 皇帝もこのまま相手が何も出来ないのなら、黙っているのならそれ以上追いつめる必要も感じずにいた。むしろ、その態度に好感を持ったほどである。 でも済陰王は世捨て人のように過ごしていた。 (私と他の者が面会するような事があればその者が謀反人として追い落とされていく。)と言う事が分かっていたのである。 現実に、皇太子に以前関わりのあると言うだけで、閻氏は横暴にも宮内の人々はそれを理由に追い落とされた。以前の済陰王の見方は誰一人宮内には居なかったのである。 ただ一人だけ、曹騰だけが宮内にいて、1年ばかりの間でも宦官として昇進をしていた。 (皇太子をうって出世した者) と張逵らは陰口をたたいていたが宮中で彼以上に物事を滞りなく執り行う人間も居なかったのは確かである。 皇太子の存在が危険でなくなればなくなるほど皇帝は信頼していく。 またその仕事ぶりに宮中ではなくてはならなくなり、江京が宦官の最高峰にたったのだが、彼よりも曹騰の方が信頼が厚かった。 閻氏らは時を見ては曹騰を排除するように言ったが、皇帝自身が彼が居なくなると困るのでその言葉を退けようとしなかったのである。
2008年10月14日(Tue)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−34−
実際に酷い目に遭っている皇太子に思わず尋ねる。
「……本当にそれで良いのか。」 「それで、我が積みの命が救われるのなら。」 彼はそう言うと、頭を下げる。表情を消しているところからすると納得はしては居ないのかもしれない。だが、理不尽を受け入れなければ行けないのだから仕方ないだろう。 「政治の表舞台から退きたいと思います。宮内で本などを読み、ひっそり暮らしたいと思います。」 そう言うと未練がましいことは言わずに、皇太子と曹騰と連れだって退出した。 「皇太子様。すみません。」 曹騰は彼に対し頭を下げる。 すると彼は、先程見せなかった笑顔を彼に見せる。 「謝ることはない。以前からそなたからケ太后が死んだら早々に皇太子の地位を返すようにと言われていた。閻一族が手をこまねいて私を殺す機会を伺っているから、絶対に部下も含めて大人しくするようにと言われていた事だ。 腹はすでにくくっている。むしろそうあらかじめ言われているのにもかかわらず私の判断が遅れた事でそなたには迷惑を掛けてしまった。」 そう呟くと、皇太子はここから先の曹騰の見送りを断る。 その時、少し曹騰は悲しそうに目を細める。しかし一息つくと笑顔を見せる。 皇太子が我慢をするのが彼の使命であるように、曹騰自身は彼の許から離れて中枢から、皇帝の近臣として彼を守らなければいけないのである。 感情を見せている場合ではないし、閻一族に曹騰自身を理由を与えてはいけないという判断があった。 「・・・・それにしても、父上は。」 皇太子の口元が何事か判断しかけたように揺らぎ、口を強くつむんだが、それでも口の中にしまっておく事は出来ず思わず漏らす。 「父上は、えらいやつられていた。折角ケ太后が亡くなられ自由になったというのに、私が知っている父上よりも顔は白く、息づかいも酷く疲れているようだ。」 その時彼が酷くいらだちを感じているように曹騰は感じていた。 (皇帝の具合が良くない事は皇太子にとっては吉事であるはずなのに、それ以上に一人の息子として父親の具合を心配し、同時に何の手も打てない現実に憤りを感じているのだろうか。) 「ご心配なさらず。皇太子様のために私が出来る限り貴方に代わり、父上のお体には気に掛けたいと思います。だから今は我が身の事を」 「分かっている。」 そう言うと、こなしそうな面影を残したまま、曹騰に笑顔で応える。
2008年10月13日(Mon)▲ページの先頭へ
まんじゅう怖い
どんなに辛い物でも
本当は怖くない でも一番怖いのは きっと一番好きな物 甘い幸せを口にしたとき きっと次は失うことが 怖くなる
2008年10月12日(Sun)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−33−
「私の母に向かって部下がそんな無礼を働くとは。統率がなっていない。そんな事で皇帝となり将軍達を支配できるのか。」
怒りは主人である皇太子に向けられていた。 「すぐに母に無礼をした物を連れてこい。それと一緒に皇太子も連れてこい。」 そう怒鳴る最中、側近の者が伝える。 「皇太子が曹騰殿と面会を求めております」 「・・・・そうか。」 流石に曹騰は皇帝の気持ちも分かるようである。皇帝の怒りを待つのではなく、先手を打ってその怒りを封じ込めようとしているのである。 (もう一歩遅れれば、曹騰が助けられないように釘付けにしたのに。) 二人で謝罪をして許しをくむのか、それとも二人で皇帝に対抗しようとするのか。 曹騰の弁舌に丸め込まれないようにと思いながら、彼らに皇帝は対峙する。 「……で何が言いたいのだ。」 と面会の理由を問うと皇太子は頭を下げ願いを乞う。 「恐れながら、野王君に無礼を働いた者を助命していただく代わりに、今回の騒ぎの責任を取り皇太子の地位を下りさせていただきたい。」 その言葉に思わず皇帝は曹騰を見る。すると伏せている彼と皇帝の視線がまざわり、曹騰は笑みを見せる。 (皇太子がその地位を失うのなら、笑顔を見せる状態じゃないはず。それなのに会心の笑みとは) 一瞬、不謹慎なその笑みに身震いがする。何か彼に皇帝は心の底まで見透かされているような錯覚を感じたのだ。 (まさか私の意図を計り、我が悲願を果たすために、曹騰は動いたのではないか。) 皇帝が皇太子を廃立したいという事を知っていて、それを果たすために動いたのではないか。そんな思いが皇帝に芽生える。 現実として、野王君に部下が無礼を働いたとしても所詮は部下の命を差し出せばそれで済む事である。謀反をたくらんでいるわけでもなければ、廃立は難しい。 彼の代わりに閻氏が皇太子に望む者は年が幼く、しかも病弱であり、現皇太子が普通に考えれば順番が先であり、無理に皇帝が望めば、儒学者達も「倫理に反する」と反対の声を上げる可能性がある。だからこそ、今まで皇太子を廃するところまで出来なかったのである。 (皇太子もケ太后に散々跡を継ぐ者だと言われ続けて居たわけだし、若い故納得は出来ないはず) (それを説得して私の都合の良い形にしてくれたとは、ケ太后が死んだ事で皇太子を見限ったか。裏切って私に仕えた方が得策だと思ったのか。)
2008年10月11日(Sat)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−32−
そんな状況であるが、皇太子は動かずにいた。
監視が厳しく動けないというのもあったが、彼ら自身が担いでと言う動きがあるわけでもなく、また実際個人的に親しいというわけでもないのだから、皇帝のそう言う動きを良くは見ては居なかったが、だからといって彼らのために積極的にどうこうすべき立場でもなかったのである。 (『いずれ、ケ太后が死ぬ日が必ずやってくる。その時どんなことがあっても皇帝に疑いをもたれることをしてはいけません』) そう曹騰はケ鳳と同じように言っていた。だからこそ皇太子はその時は沈黙を守るとともに、そう言う不満の動きに対して一切関係を持たなかったのである。 だが皇太子達が動かなくても……いやだからこそ配下達が不満を抱えていた。明らかに閻氏らが力を持ち皇太子廃立に動くことを心穏やかに見ていられなかったのである。 そんな彼らに火に油を注ぐ出来事が偶然にも重なる。 閻氏派が力を持つ原因となり、安帝の乳母として権力を握っていた野王君が、そう言う人達が居る前で「皇太子は、ケ太后のおかげで皇太子になれたのに、その一族を見殺しにした弱虫だ」と大声であざけ笑ったのである。 「そんなことを言うと恨みを買いますぞ。」 と側近が諫めたが、彼女は更に「皇太子は謀反を起こすつもりであったのに、閻氏後からに怯えて何も出来ない」とか「そう言う腹黒い人間は皇太子としてふさわしくなす」「そんな弱虫で偽善者である皇太子は皇帝になる資格はないわ」と、周囲に聞こえるような声で更に言う。 その振る舞いに、皇太子の側近が怒りをこらえきれずに抗議をする。 「皇太子様は弱虫ではなく英邁な方である。それなのに貴様らが陰謀をたくらみ追い落とそうといつもしやがって。」 「なんざますの。皇太子の配下の分際で皇帝の母とも言っていい乳母の私にそのような口の利き方はなんざますの。このような愚か者が部下というのなら皇太子の器量などたかがしれてますわ」 そう見下して野王君は余計あざけ笑うから、皇太子の部下は余計怒り殴りかかんとする。更にそれを止めようと側近や宦官が押し寄せ、さらに野王君を守ろうと警護の者や彼女のお付きの人、閻氏派の人間などが集まり、大きな騒ぎとなる。 「何。皇太子の配下の者が野王君を宮中で殺そうとしただと」 皇帝にはそう言う形で伝わり激こうする。
2008年10月10日(Fri)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−31−
(私の長年の功績も無視して、皇帝は宦官達の言うことだけを聞くのか。)
彼自身は長い間、皇帝に忠義を誓い仕事をこなしてきた。信頼に応えるため自らの欲望を持たずに清廉潔白な政治を続けてきた。 その報いがこんな事である。 (馬鹿らしいことではないか) そう自分自身を見下しあざけ笑うように彼の口元は笑いゆがむ。 でもその目は鋭く屈することはなかった。 彼は皇帝の元を退所すると身の回りの整理を側近の者に命じた。無役になったため、資産を使用人達に分け与えるように言ったのである。今自分が皇帝に邪魔にされていることが分かったので、職に留まる気はない。 (だが、ケ一族だけは見殺しに出来ない) と最後の望みを掛け皇太子と曹騰に文を送り、父親の取りなしを依頼する。 だが、その返事は芳しくなかった。皇太子と曹騰への手紙を持った者は彼の屋敷が厳重に軍勢に取り囲まれていて、近付くことが危険で出来なかった。 一方の彼らの代わりに宦官の孫程から文が届く。 そこによれば、皇太子達とケ一族が連絡を取ることは閻一族らの思う壺であると書か書かれている。 (彼らは皇太子を廃立させる理由を求めている。そんな中不満分子と皇太子がつながっていると言うことになったら格好の材料になる。 皇帝や閻氏が喜ぶだけだ) 「皇太子は父親に逆らうことは出来ない。」 曹騰は以前から彼らに対してキッパリと言っている。それでも情に訴えれば皇太子は動いてくれるかもしれないが、彼ら自身やケ一族も道徳を重視すぎるあまり、皇帝に逆らうことは孝仁に反することとして、消極的である。 彼らは死ぬことや栄達よりも、道義を重んじ、後々の名を尊び、反逆者の汚名を拒絶しているのである。その願いを変えるのは難しいと言っていいだろう。 楊震は都の望める夕陽亭に向かいそこで毒を仰いで自殺する。 「わが事は尽きた!」 そう呟き息を引き取る。 それは皇帝に対して命を掛けての抗議であった。
2008年10月09日(Thu)▲ページの先頭へ
スペース
何も書かないままでも、
スペースキーを押すだけで 画面は一杯になるけれど 内容のない心は 私そのもののよう
2008年10月08日(Wed)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−30−
(ケ父子を殺すわけにはいかない。)
彼らの命がけの決意に、楊震もそれに応えようと皇帝を説得を試みずには居られなかった。 このままでは彼ら父子は食を断ち命を絶つこと、彼らのような名臣を見殺しにするようなことが人心を失う事を彼は熱心に皇帝に説く。 すると、さすがに皇帝も大きな理由もないのに彼らを殺す事には後ろめたさを感じていたようであるし、後でどんな批判が出るか分からないと思うと、表情が思わずこわばってしまう。 一瞬だけであるが躊躇する表情を見せる。 「躊躇してはなりません。彼らが自ら命を断つと言っても彼らは本気でそんな事をするつもりはないのに、いちいちそれに動じて妥協すれば奴らは『死ぬと脅せば何度も言う事を聞く』と皇帝の事を見下すし、今後も彼らの気に入らない事をする度にそんな脅しをしてくるはずです。 第一彼らが死んだとしても、生きている限り皇帝の邪魔をするような輩です。彼らの存在とケ太后の存在がいかに皇帝をないがしろにしたかを考えたら、彼らが死んでも当然な輩です」 そんな皇帝に宦官の樊豊が力強く断言し言葉を続ける。 「楊震と言う男も、結局はケ一族と政治を占有してきたような輩です。所詮楊震の言葉も今までどおり政治を占有したいだけ。あるいは、ケ一族から賄賂を受けて彼らの除名をしようとしているだけです。」 「私が例え悪事をしても『天知る、地知る、汝知る、我知る』と言い、後ろめたい事をすれば必ず明らかになると訓辞をし、かたくなに賄賂を拒絶しているものを貴様はしらんのか」 精錬で知られそれを守り続けた楊震は思わず声を上げ否定をする。だが怒鳴ったとし ても皇帝は彼の言葉を信じようとはしない。むしろ彼自身の思い通りにするには信じない方が良いという意識もあり、樊豊の言葉に対してのみうなづく。 「賄賂を受けているのはこの宦官だろ。」 更に樊豊に対して抑えきれない怒りを楊震はぶつける。それと同時に本能的に (閻皇后の一族が政治を牛耳りたいからあえて樊豊は言っている)と感じる。 そしてその為に彼ら一族は物欲に目がない宦官をかねて買収し、皇帝の回りを自分達の都合のいい人に固めようとしているのかもしれないのである。 「だまれ。」 覚悟が決まったのか、今まで黙っていた皇帝は怒鳴り声を上げる。 「我が決めた裁断にケ一族も楊震を異議を申して……皇帝とは絶対の物であり、私が熟慮して決めた事にたいして、そのような口ぶりは絶対ゆるさん。 賄賂をもらい我に口答えする物はケ一族と同罪じゃ。 貴様も大尉はクビだ。」
2008年10月07日(Tue)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−29−
大尉であるケ鳳は、心配になりケ父子を訪ねた。
二人と一緒に政治を取り仕切り、素晴らしい政治を自分達がしてきたという自負がある。それを否定された事は彼にとっても衝撃であり、反感を抱く事に値する出来事だったのである。 (反乱をするのなら彼らと一緒に。) という気持ちがあった。 ところが彼ら親子は、静かに目を閉じ座り続けていた。彼らは反乱の準備など一切する様子はなかった。 「皇帝からの屈辱を甘んじるのか」 楊震は彼らの考えを問い合わせる。怒りを抑えられない彼は(黙って大人しくしている必要はない)と言わんばかりに激しい口調である。 「屈辱を甘んじている訳ではない。」 父ケ騭は叫ぶ。 「ただ皇帝に兵を挙げる事は……天に弓を引く事はもっとも愚劣な事だ。愚劣なおこないに対して愚劣で応える事は、同じ愚劣な人間だと自らを堕とせむ事と同じ事だ。」 そう言って、憮然とした様子で奥へと引き込む。 その横で子のケ鳳が楊震に耳打ちする。 「我らの政治を決してすべての人々が歓迎しているわけではない。例えば貴方が賄賂を拒絶しても他の人達は賄賂を欲している。 そう言う人達が皇帝や閻氏になだれ込むでしょう。例えこのまま反乱をしても上手くをいくとは限らないですし、なにより清廉な政治をしてきた父の名を傷付ける事になるでしょう。」 そしてそれは清廉な政治家として名を成した人物である楊震にも自重を促すとともに、反乱の無駄を諭したのである。 そう言われれば彼自身も人格者であるから、汚名を残すような蛮行を行うつもりはない。 「しかしあなた方はどうされるつもりです。」 帰り際に楊震が問いかけると、「我々は食を断ち命を賭けても皇帝の蛮行に屈しないという事を示し続けるつもりです。」とケ鳳は答える。 「……皇帝の考えは変わらないでしょう。」 立派な考えではあるが、そんなきれい事ばかりの世の中ではないし、相手はケ太后から人格的に性格的に問題があると言われ、皇太子を見る限り我が子に対しても愛情をもてない男である。その選択がどうなるのか、楊震にも、世の人の誰からもどの結末が生まれるのか明らかである。 「それは例え死したとしてもですか。」 そう楊震が問いかけると、ケ鳳はほほえみ、静かだけど確かな決意を口にする。 「……もとより、覚悟の上です。」
2008年10月06日(Mon)▲ページの先頭へ
赤唐辛子
真っ赤な顔で
貴方を好きな真っ赤な気持ち ちょっと辛くて ちょっと刺激的な 恋 キスをして ちょっとしびれるような恋
2008年10月05日(Sun)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−28−
ケ太后の死は皇太子にとってその後ろ盾を失ったことを意味した。
彼女の死により、皇帝には好きなように政治をする環境が出来たのである。 早速彼は、大将軍のケ騭とケ鳳を呼びつけた。 (忠誠を使わせられるのか、あるいは将軍から解任されるのか……) 彼らは太后が死んだ時点でそのことを覚悟はしていた。 しかしああいう皇帝だからこそ、下手に宮廷に残りいがみ合うより、今の役職から下ろされ解任される方が楽なのかも。と、思うようにした。 逆に言えば、今まで完璧な政治をしてきて人々から賞賛されているのに、その仕事の半ばで解任されるのは、気分の良い物ではない。 しかし皇帝が死ぬときは職を辞さなければ行けないのが通例であるのだから、恨むわけにはいかない。 だが皇帝の命じた言葉は彼ら親子の想像を絶する物であった。 「ケ一族を庶民にとする。早々に宮廷から立ち去れ。」 「……」 思わず耳を疑う。役職だけでなく、身ぐるみを剥いで出て行けと言うのである。 「恐れながら」 それは罪人に対する仕打ちであるのである。思わず二人から不満の声が上がる。 だが、そのことが皇帝には理解できない。 (折角命を助けてやるのになぜ、怒るのか) 彼の忍耐からすればかなり譲歩しているつもりだったのである。 (これは、戦争になるかもしれない。) これほどの理不尽を皇帝が押しつけたのである。 「皇帝とケ一族との戦いになれば。」 人心はケ一族に集まっている。いくら閻氏が力を付けなおかつ反ケ氏を集めたとしても、能力的にもかなうとは思えない。 (皇帝の代わりなら幾らでもいる) 本気になれば皇帝がかなう相手ではないのである。
2008年10月04日(Sat)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−27−
「殺されても良い」
そう口で彼らは言うが曹騰も皇太子も少しも心では屈していないのである。 (殺せる物なら殺してみろ) とまるで開き直っているようにも見える。 「生意気な奴らだ。」 そう叫びながら、ふと自分が皇太子の立場だったらどうなのか。とふと思いを巡らせる。彼自身、彼の人格を否定し実権を渡そうとしないケ太后に対して、皇太子のような強い後ろ盾がないのに、いまだに甘んじようとせず、必死につっぱっているのである。 (そういえば、そんな俺の為に曹騰の父、曹萌は何度も俺のために頭を下げてくれたような気がする。) 他の人が、取りなしてもケ太后は「私はあの人格破綻者に政治を任せられない」と受け入れなかったのだが、曹萌がのほほんっと優しく諭すと、仕方なく「怒る気が失せた」と、根負けして丸く収まったのである。 (あの親にしてこの子ありというか) 曹騰はその父親と今同じ立場にいて同じように皇太子を必死に守ろうとしている。 それは邪魔であることは確かなのだが、だからといって彼が憎いわけではない。むしろ彼の仕事ぶりには好感を持っている。今回の事もいちゃもんを付けて困らせたいという出来心だけであり、実際過失のない彼をおとしめる事は今は後ろめたさも感じていたのである。 彼自身は人に好感を持つことはなかったが、それでも曹萌に対しては強い感謝を持っている。その彼を殺す事は彼の恩を考えたら出来なかった。 しかも今の曹騰の姿は重なって見える。 「どうしましょうか」 張逵と言う若い宦官が喜々として聞いてくる。彼は有能な曹騰をねたむ宦官である。 皇帝が彼を殺すように言い出す事を楽しみにしていた。 だが皇帝はそんな彼の気持ちなど興味がない様子で、考えた後 「どうもしない。いつもどおり明日の朝令の準備を手配するように伝えろ」 そう彼の望まない返事をする。 「それでは過失のあるのに許さなければ他の宦官達に示しが付かないでしょう。」 せっかくの好機を逃した事に不服なのか張逵は思わず余計な事を皇帝に言う。 「過失か……」 そう言って親指の爪をかじり考えた後 「いや……、曹騰には過失はない。私も勿論過失はあるはずはない。何事もなかったのだ。」 そうつぶやいた。それはふと、 (そう言えば曹騰にも、父曹萌にも使えていて何一つもその仕事に過失がない事を思い出したのである) せっかくあの好感を持つ曹萌から折角親子で過失がなかったという記録が折角続いているのにそれを終わらせるのは (曹萌の恩に対して失礼である。) と思ったし彼に対してその名誉を自分の手でつなげさせてやろうと気前よく思ったのである。 そんな事もあったりして、曹騰の信頼は過失が全くない事もあり日々厚くなっっていき、それに伴い皇帝と皇太子の中に少しずつお互いを憎しみあう時間は減っていった。穏やかな時間が流れていったのである。 ……しかしそれはあまりにも微妙な力関係の間に成り立っており、やがてそれは時間があっさりと壊してしまうのである。 「ケ太后死去」 その日がすぐに訪れ、穏やかな日々はあっさり終わる。
2008年10月03日(Fri)▲ページの先頭へ
月姫抄14
「ただここの海に来れば、ここの波音を聞いていれば。」
波音だけが真実を語り慰めてくれる。 月だけが、この世界の闇の中で私を遠くから見守ってくれる。 そう思うと、不意に悲しくなり、すぐに胸の中が温かくなり、瞳の中が熱くなる。 「泣いているのか。」 不意にあの炎に包まれた戦の中で聞いた懐かしい声が彼女の体に響く。 すっかり一人きりで居たことで緊張を解いていた分、過敏なほどその言葉に身を固くし、襲われた小動物のように警戒と怯えのまざった眼差しで声の方向を向く。 そして、暁に染められたような男の姿と顔を見て驚きを見せる。 「……主殿。信長との戦陣にいるはずなのにどうして……」 その言葉に対して男は応えずに、真っ赤になった腕で、真っ赤な重たい固まりを彼女の目の前に差し出す。 (維盛の生首……) 胸に痛みと衝撃が走る。 不意に月姫の目が醒める。目に見えたあの鮮明な朱と較べれば遙かに優しい色の朝日が目覚めた彼女を包んでいた。 (あれは、夢……なんだろうか。) そんな事が一瞬心をよぎる中、障子の向こうではあわただしく息女達が行き交っている。やがて体格の大きい癸未がかなり苦しそうに身をかがめながら、体に似合わない小さな声で「姫様、お起きになられてますでしょうか。」と遠慮がちに問いかける。 普段は身分の違いもあり、月姫を無視するように何事もなければ声を掛けない側女が朝から声を掛けるとはかなり珍しいことである。 その事も分かっているから月姫は、息を整えて気を静めると「起きているが、何ようか。」と落ち着いた言葉で訪ねる。 すると思い切り強い勢いで癸未は戸を開けると、焦った気持ちを抑えきれないように、息を荒げながら、叫ぶ。 「大変です姫様。……維盛様が、何者かに惨殺されました。」 「……」 不意にあの生首の姿と昨日の当主との邂逅を思い出す。 (……あれは、やはり夢ではないのか。) 「維盛様の父上殿が至急姫に浜に来るようにと。使いがありました。早くお着替え下さい。」
2008年10月02日(Thu)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−26−
「だったら、曹騰に過失があったとしたらどうするというのか。」
皇太子の問いかけに皇帝は意地悪く逆に問いかける。 すると彼は剣を皇帝の前に差しだし頭を下げて言う。 「万が一、曹騰に過失があれば彼の責ではなく、彼を遣わせた私の責です。彼の代わりに私の首を刎ねていただきたいと存じます。」 「私に切られても、そなたは文句を言わないというのか。」 明らかに疑うように、そしてその言葉を信じないように吐き捨てると彼を部屋に置き去りにしようとする。 だがそれを皇太子の心の叫びが押しとどめる。 「殺されても仕方ありません。いいえ皇帝に我が心が通じないのならたった一人の肉親にただ尽くしたいと思っていても、あなた様にその思いが伝えられないほど私が無力であるのなら、父上の為に自分が何も出来ないのであれば、生きていて何の意味があるというのでしょうか。 言葉や思いが伝わらないのなら、私の命で父である貴方に子としての思いを何とか届けたいのです。」 顔を上げた皇太子と皇帝と目が合う。 その時始めて自分に対して敵意に似た感情を我が子が向けている事に気が付く。 『どうして父上は、我が子に対して愛情を差し向けてはくれないのか』 普通の父親が持つ愛情を子供に対してどうして持たないのか。 そこには愛されるべき情を受けることが出来ず、愛に飢えている等身大の少年の強い不満と疑問ととまどいがあったのである。 「父親といえども、私は皇帝でありそなたの主である。曹騰の事は私が決めるべきであり、そなたはいかに息子とはいえ臣下の身で口出しをするのは僭越である。下がれ。」 そう言いはなったが、思わず少年にすぎない皇太子の視線と背け、そくささと背を向けて部屋を出る。 (皇太子を廃立させる好機だったのではないか。) 一瞬そんな思いが皇帝には確かに存在していた。ただそんな事を言える余裕がないほど、彼はたじろぎ、同時に後ろめたさを感じて、一刻も早く立ち去ろうとしている自分を感じずには居られなかったのである。 押されるほどの強い皇太子の感情がどこなく皇帝には恐怖であり、同時に好みが内側から焼かれるほどの熱い物を感じた。 忘れようとするように目を閉じると、まぶたにまだ皇太子の姿が焼き付けられるように残っている気がした。
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