ケイタイ小説カフェ「ソルノチェセル」 - 2008/10/18

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2008年10月18日(Sat)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−37−
 「どいつもこいつも、どうした私の心配をする。」
 吐き捨てるようにそんな言葉を皇帝はつぶやき、苛立ちを見せる。
 「ケ太后も死ぬまで私を信じてくれなかった。ケ父子や楊震は自分達が政治をすることでしか世の中が治まらないと考えて私の意を計ろうともしなかった。そして彼らが死んだ後も民衆は私の力を誰も信じようとしない。
 だからこそ、私は行幸をしてこの地上のすべてに、私が支配者であることを知らしめなければならないのだ。」

 その言葉を残し皇帝は行幸に出る。その率いた軍勢はまさに彼の力を誇示させる為の物であり、そしてその長き日程は彼自身が不信に絶え続けた日時を埋めるための物だったのである。

 だが、その行程は皇帝の心の隙間のすべてを負えることを出来なかった。
 行幸先で皇帝は病に倒れ、そして都を前に没したのである。

 「皇帝が崩御されました。」
 その報を済陰王の妻、梁氏は努めて事務的に告げる。そして合わせて遺体が都に運ばれ埋葬される事を伝える。
 「そうか。」
 それだけ言うと彼は再び庭に出て外を眺める。
 父親の死を夫はどんな思いで居るのだろうかと思い梁氏はその表情を伺った。あれだけ我が子に対して敵意向けいつも命を奪うかのように阻害してきた男を憎しんでも当然とは思えたし、その一方で曹騰を皇帝に差し出したり、行幸先でも父親の心配を心配し続けていてどんなに憎しみを受けても、父に対して子の敬慕を持ち続けた済陰王である。
 だがその死に対して、済陰王は形式的に喪に服するように指示をした以外は何も言わず押し黙り、何事かもないかのように、いつもどおり大人しく奥に引きこもり本などを読み過ごすだけであった。
 皇帝は自らが死ぬとは思わなかったのか、あるいは死ぬとは敢えて思わないようにしていたのか、次の皇帝を決めていなかった。皇太子の地位を罪人のように追われた済陰王であるが、今の皇帝の直系の人間は済陰王が年齢的にも、過去のケ太后の意向を考えると一番ふさわしい人間といえるのである。
 だからこそ閻氏は済陰王を恐れ、皇帝の死と同時に彼の動きを注視していたのである。 
  


   


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カレンダ
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