ケイタイ小説カフェ「ソルノチェセル」 - 2008/10/15

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2008年10月15日(Wed)▲ページの先頭へ
真三國志曹操編−35−
 まもなくケ父子は食を断ち自殺した。それ以前にすべて皇帝によりケ一族は失職されており、その地位を閻一族や江京らが取って代わった。
 また皇太子を守り続けた側近の半数が無実の罪で追放され邪魔者を追い出された後、皇太子は廃嫡され済陰王に落とされた。
 これにより閻一派が権力の中枢を握ったのである。

 市井の人々は新しい権力者の時代を感じ取り
 「皇帝がこれで、親政を行う環境が整ったわけだ。」
 と呟く。だが、政治に詳しい人間は。
 「皇帝に政治が出来る者か。皇帝は好き勝手な事を言うだけで、実際に政治を動かすのは閻一族だろう」と噂する。
 「それにしても、済陰王は情けないお方だ。自分を支援する者達が追い落とされても黙っていて」
 と言う意見もあったが。
 「父親の言う事を逆らわずに黙って聞くというのはなかなか出来ない事だ。見ろ、内の息子なんか俺様の言う事を聞かずあそび回って文句だけ言って。
 俺の息子と交換したいぐらいだ。」
 という好意的な見方が相次いだ。

 それでも済陰王はほとんど人との交わりを拒絶し、大人しくしていた。その為時間がたつにつれ皇帝からも閻一派からも脅威はないと思うようになり、権力が彼らに移るにつれてその存在は次第に忘れ去られていった。
 皇帝もこのまま相手が何も出来ないのなら、黙っているのならそれ以上追いつめる必要も感じずにいた。むしろ、その態度に好感を持ったほどである。
 でも済陰王は世捨て人のように過ごしていた。
 (私と他の者が面会するような事があればその者が謀反人として追い落とされていく。)と言う事が分かっていたのである。
 現実に、皇太子に以前関わりのあると言うだけで、閻氏は横暴にも宮内の人々はそれを理由に追い落とされた。以前の済陰王の見方は誰一人宮内には居なかったのである。

 ただ一人だけ、曹騰だけが宮内にいて、1年ばかりの間でも宦官として昇進をしていた。
 (皇太子をうって出世した者)
 と張逵らは陰口をたたいていたが宮中で彼以上に物事を滞りなく執り行う人間も居なかったのは確かである。
 皇太子の存在が危険でなくなればなくなるほど皇帝は信頼していく。
 またその仕事ぶりに宮中ではなくてはならなくなり、江京が宦官の最高峰にたったのだが、彼よりも曹騰の方が信頼が厚かった。
 閻氏らは時を見ては曹騰を排除するように言ったが、皇帝自身が彼が居なくなると困るのでその言葉を退けようとしなかったのである。


   


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カレンダ
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