カスタネット・ガール 上編



2008年05月31日(Sat)
カスタネット・ガール 上編
夏見は世界的に有名な新進気鋭のカスタネット奏者である。
しかし、みんなからは「凄いね」といわれたことがない。
どうしても簡単な楽器と思われているらしく、
「へー」と言ったあと、どの人にも意地悪そうな顔をされ、
(「でもカスタネットなら、私だって上手に出来るよ」)と心の中で言われているような感じがする。明らかになめられているというか、他のバイオリンやピアノの第一人者が尊敬されるのと較べれば格段に低く見られているのである

(まあ、自分でも凄いとは思わないけれど)
大体にして、演奏して欲しいという需要がない。
一度彼女の高名を聞きつけたデパートの店長が、仮面ライダーショーとジョイントでソロコンサートをしてくれたが、その時の場の寒さは極寒のシベリヤよりも凍えそうで、気まずさの余り凍え死にそうになったほどである。
時々オーケストラの公演や、CDなどのレコーディングで一つの音として収録に参加する程度で、とてもそれで食べていけるような仕事ではないのである。
ああいう他の楽器に較べて凄いどころか、そう言う部分がちょっぴりセンチメンタルであり、凄いと言えば貧乏が凄いと言うくらいの仕事なのである。
だから、彼女はプレス工場でアルバイトをしながら音楽活動をしているのだ。

そんなまぁ・・・・その花やしきほどの狭い業界から見たら第一人者の彼女であるが、そんな彼女ですら・・・・あるいはこんな簡単に見えがちの楽器であるのにもかかわらず、彼女がまだ100%納得出来る演奏をしたことがないと思っている。
いいえ、簡単な楽器であるこそ他の楽器に較べて、ひとつ一つ単調にみえがちの音で、どう演奏するか、どう音色に悲しみや怒り喜びを表現するのか難しいのである。

そんな彼女であるから、バイト先のプレス工場の音も、単調ながらとても勉強になると思う。
ガッタン・パシュ・バッタン
一定の音を立てて機械が鉄をプレスしていく。
どことなく規則正しく製品を作っていく音は、眠たくなるような心地よさを感じる。
実直な工場主がひとつ一つ丁寧に、無理な注文をとらずに、何時も決まった納期を守るためにうごかす機械の音は常に一定で、安心感がする。
だから、そんな風に眠たくなるのかも知れない。

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